総集編を経て、
あらためて菅モネシーンをダビングし直して、
また初めから見直してみたりしている。
菅モネの魅力として思うのは、
それぞれが自立しているということ。
感情に流されすぎず、
自分のありたい形をもって、
それを大事に揺るがない。
モネは、どんどん強く美しく大きくなっていった。
突風被害の島へ戻るとき、
「一緒に行こうか」という菅波先生に、
「ひとりで行く」ときっぱりと言ったモネ。
菅波先生は、初めの生真面目な固さから、
どんどん柔らかく包み込むような人になっていった。
2人が、お互いを必要とし合って、
一緒に変わっていき、
関係を強くしていく。
特に気仙沼編では、
2人はほとんど会ってない。
でも、声や文字のやりとりで、
大事なところで支えになっている。
直接自由に会えないのは、
ほんとはとてももどかしいけれど、
2人の関係を見ていると、
「一緒にいること」=「会うこと」
ではないのだな、と思える。
どんな状況であっても、
ちゃんと心がつながっていると思えること。
最後のシーンのモネの、
「私たちは距離も時間も関係ないですから」
という言葉と屈託のない表情は、
私にはまだ腑に落ちないところもあるのだけれど、
会えない2年半の間の2人の関係が、
不安やさみしさを抱かせない、
自分たちなりの「一緒にいる」と思えるやりとりを
全うできていたということなんだろう。
理想だなあ。
人となかなか自由に会えない今。
だからこそ、自分が人と、
どういう関係を築いているのか、
はっきり見えてくる。
菅波先生がほしいなあ、と思うけれど、
思うべきは、
自分が菅波先生であろうとすることかな、
と思ったり。
おかえりモネ、
何度見ても、まだ飽きない。
見るたび感じるところの多い作品。
今年、またこんなに心惹かれるものに
出会えますように。
おかえりモネ、
1年後に見たときは、
どんなことを思うかな。